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法泉寺の文化財

銅造地蔵菩薩立像

銅造地蔵菩薩立像 
享保二年(1717年) 墨田区登録有形文化財

 像高160cm。円光背を掲げ右手に宝珠、左手に錫杖、背面に起年銘・願主・施主作者、衣全体に結衆者(屋号/職業)や戒名が陰刻されている。江戸期に寄進者を得て病気平癒の為に造立された地蔵菩薩として同時代の旺盛な庶民信仰が伺える。延命地蔵として建立されたと伝えられている。

奉造納    東海道武蔵国葛飾郡西葛西領寺島村佛頂山法泉禅寺
施 主 浅草御堂前俗名阿部主水
作 者 宇田川善兵衛藤原重勝(小伝馬町)

 

石造地蔵菩薩立像

石造地蔵菩薩立像 
寛文二年(1662年) 墨田区登録有形民俗文化財

 背に普回向として法華経第七化城喩品の一節(普回向)が彫られている。欠損の右手は錫杖を有したと推定される。奉納者には、導師3名、男性20名の他に当時として稀な女性名「玉」も刻まれている。江戸庶民信仰の現れた眉目秀麗な立像菩薩である。

普回向
願以此功徳    願わくはこの功徳をもって
普及於一切 普く一切に及ぼし
我等与衆生 我らと衆生と
皆共成佛道 皆共に仏道に生ぜんことを

 

板碑

板碑
貞和三年~永禄十一年(1347~1568年) 墨田区登録有形文化財(非公開)

 板碑は、鎌倉時代から戦国時代(12世紀から16世紀)に造られた供養塔である。板状に加工した石材に梵字=種子(しゅじ)や被供養者名、供養年月日、供養内容とともに頭部に二条線が刻まれる。追善供養、逆修(生前供養)板碑などがある。法泉寺所蔵の八基の板碑は貞和三年(1347年)から永禄十一年(1568年)に建立され、喪失した地蔵堂内五十六基の古碑の一部と推定される。

 

庚申塔

庚申塔
寛文六年~延宝八年(1666~1680年)

 庚申塔は江戸初期の道教に由来する信仰に基づいて建てられた石塔である。庚申(かのえさる)の夜、人の体内にいる三尸虫が寝ている間に天帝にその人の悪事を知らせに行くと言われ、これを防ぐために庚申の夜に眠らずに過ごす庚申講という集まりがあった。 庚申講を3年間18回続けた記念に庚申塔が建立されたと伝えられている。

地蔵菩薩立像 後背・錫杖・宝珠 寛文六年(1666年) (左)
阿弥陀如来立像 船形後背型 寛文十一年(1671年) (中)
阿弥陀座像(定印) 笠石塔婆姿 延宝八年(1680年) (右)

 

尚左堂俊満の碑

尚左堂俊満の碑
文政四年(1821年)

 俊満は宝暦七年(1757年)江戸の生まれ、北尾重政門下。左利きで色を控え「紅嫌い」と称された洒落な浮世絵師である。多彩な才能で戯作号は南陀伽紫蘭(なんだかしらん)・黄山堂(こうさんどう)、俳号は塩辛亡(しおからぼう)、狂歌号は一節千杖(ひとふしちつえ)、沈金彫り貝細工でも著名である。

 

涅槃図
※写真提供:地人館

涅槃図
宝暦~明和年間(1751~1772年)(推定)(非公開)

 涅槃図は、釈尊が沙羅双樹の木の下で入滅される様子を記した「涅槃経」という教典に基づいて描かれた絵図である。当山の涅槃図は、箱書から江戸中期に牛籠正覺山寶泉寺(現中野区上高井戸)から寄贈されたものと窺がわれる。